サーモンのソテー

どんな人にも言えることですが、特に私にとってバランスの良い食事をとるということはとても重要です。

 

でもそんなことに気が付かづに(いや目をつぶって)、食べたいものを食べていた時期もありました。

 

そして今、やっぱり食事って大事なんだとひしひしと感じています。

 

そんな心境の経過をいくつかのエピソードを追って紹介したいと思います。

 

ほとんど外食をしなかった幼少時代

 

私が子供だった時、ほぼ毎日母親の作った料理を食べていました。

 

それって別に普通のことでは・・・って思われるかもしれませんが、つまり「外食」というものをほとんどしたことがなかったということです。

 

「外食」は極力すべきではない、家できちんとした食事をとるべきだ、これは祖父母の意向だったと聞いたような。

 

しかも祖父母の嗜好に合うように和食中心でお魚料理が多かったのを覚えています。

 

どちらにしても、母は非常に大変だったと思います。

 

そんな家庭環境をつまらなく思った時期もありましたが、結果的に家で作ったバランスの良い食事のおかげで今の健康があるのかもしれません。

 

ある日コンビニ食でやられる

 

ある日、私が中学3年生だったころ、急用で家族が3泊ほど親戚の家に行くことがありました。

 

もう15歳だし自分でできるからと、食事などは何も用意してもらいませんでした。

 

しかし受験を控えて勉強に忙しい時期です。

料理なんてしている暇はありません。

 

ところが初めて親のいない生活、私は妙に浮かれた気分になっていました。

 

私はスーパーやコンビニで適当にパンやお惣菜を購入、しかもそれ以上にお菓子をたくさん購入しました。

 

そして三日三晩テレビを見ながら(あれ?勉強は・・・)堕落した生活を送りました。

 

すると、始めは美味しいと思ったはずの濃い味の惣菜が、だんだんと味気ないものに思えてくるから不思議です。

 

ハンバーグとパスタ

 

一日3食のリズムも狂い、疲れやすく体調がいちじるしく悪くなったことを今でも覚えています。

 

この時思ったのが「お母さんのご飯が食べたい・・・」ってことでした。

 

社会人、体を劣化させた後悔の日々

 

大学を卒業し社会人になったころ。

私は一人暮らしを始めました。

 

仕事は非常にハードで、家に帰るのが9時を過ぎることが当たり前。

さすがにそこから毎日自炊する気にはなれませんでした。

 

すると、どうなるか。

 

安易な方へ流れてしまうわけです。

 

帰り道にはコンビニがたくさん。

スーパーでは最後の割引セールをやっている。

甘いのもは疲れをとるよね。

 

私は白飯だけがやたらと冷凍庫にストックしてある、ほぼ完全なコンビニ女となっていました。

 

今でもこの時期のことは後悔しかありません。

 

小さいころからの素晴らしい食習慣が見事に崩壊したのでした。

 

このころって、今考えても魚をほとんど口にしなかったかも。

 

青魚

 

社会人の期間が一番風邪を引きやすかったのは、もちろん人の多いところにいたからかもしれません。

 

でもきっと悪い食生活もかなり影響したのではと思っています。

 

今でも旅行になると・・・

 

結婚してから、特に子供が生まれてからは、食事には随分気を使うようになりました。

 

それでも油に関心を持ったのは最近で、それまではあまり気にしていませんでした。

 

ただ、なんとなく質の悪そうな油をとった時って、体調が悪くなる気がしていたんですよね。

 

そんな漠然とした思いを持っていたので、実行に移せて良かったと思います。

 

このように人間って、時として身体が必要としているものを無意識にとり入れる本能があるのかも。

 

例えば家族と旅行に行った時。

 

美味しいご馳走を食べていても、栄養的にはどうしても偏ったものになってくると、ふと野菜食べようとか、果物食べようって思うから不思議。

 

それが私だけじゃなく子供もなんです。

 

いきなり地元のスーパーに駆け込んでトマトとか果物を買って家族みんなでホテルで食べたりすることがあります(笑)

 

器に盛ったミニトマト

 

肉好きな子供ですが、あまり肉系の食事が続くと私が食べているお魚料理を「少しちょうだい」なんて言ってきたりします。

 

なんでしょう。

 

人間の身体ってやっぱり足りないものを無意識に補おうってするんですかね。

 

そんなこんなで、やっぱりバランスの良い食事っていうものが、本当に大事なんだなあって思いました。

 

それが当たり前のことなんですよね。