「喉元過ぎれば・・・」昔の人はよく言ったものだ

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」

 

いつからあった言葉かは知りませんが、この言葉って人間の弱さをよく表しているなあって思います。

 

とは言ってもそうでもないと人間生きていけない、つまり痛みなどの嫌なことをすっかり記憶したままどんどん蓄積しては生きていけないような気もするのである意味自衛本能も関係しているのでしょうか。

 

いやでも違うか。

やっぱり人間の心の弱さの問題かな。

やっぱりダメですよね、これって。

健康に気を付けていくのもそう。

 

例えば自分の身体にとってこれがいいとやっとわかったことがあるとします。

それは運動かもしれないし食べ物かもしれないし、もしくは心のありようかもしれないけど。

それを持続するって結構大変なことだと感じます。

 

普段はできていてもある時、ふとしたきっかけでそれをやめてしまう。

すると心の中でなんとか都合のいい言い訳をしていく。

「これはこういった理由があったのだからまあ仕方ないよね」とか。

 

本当に切実な時は人間あんがい頑張るものなんですけど。

ちょっと改善してくるとなんだか緩んでくるんですよね。

 

あんなに痛い目にあったはずなのにw

 

今のウイルス騒ぎを見ていてもそう感じます。

明らかに巣ごもり中より今の方が感染者数は多いのにみんなゆるゆるになってきている。

 

あら?喉元過ぎちゃった?

 

今回の騒動の危険度が半年前に言われていたより「あれ?もしかして大丈夫なんじゃない??」っていう思いをもった人が増えているからかもしれませんが。

 

でも正直言って一般の人が暮らしている中で「本当のこと」にたどり着くのはかなり難しいのです。

 

世の中の情報があまりに多種多様で複雑で何が本当かを見極めろって言われても、ごく普通に生活している人々には困難な話ですよ。

 

それはおいといて(おいとくのか・・)、とにかくあの時みんなが味わった精神的な恐怖がのど元とすると今は胃に落ちていく途中かな。

 

ちょっと鈍感になったよね・・・。

 

どうするのかは各自の判断・・・ってこれじゃあ言っていることがぐるぐる回っているだけなんですがね。

 

いやあ何を信じたらいいのか。

(とりあえず私は基本的なことはやっていますがね)

 

今回の騒動を見ていて「喉元・・・」ってことわざを改めて思い出したのと同時に、そういえばその他のことでも色々と同様のことがしょっちゅう起きているなあと思ったわけです。

 

もちろん私個人のことでも。

なんせあんまり精神的に鍛え上げられている人間ではありませんから。

 

とは言えなんとか数年続いているのがこのブログでも取り上げている「油」に関してなのかなあ。

 

これはもう習慣の域に達していて努力とか関係なくなっているからなあ。

 

あ、そうだ良いことを持続するにはやっぱりそれを「さあ、やろう!」と意気込むよりも日々の生活の中に自然と意識しない形で取り込んでしまうのも一つの手ですよね。

 

この意見に関しては個人差はあるでしょうが私にはそう感じます。

成功の鍵は「いかにフラットな状態でいるか」のような気がします。