恵方巻やバレンタインにもうみんな疲れている

恵方巻の廃棄処分が問題になっていますね。

我が家では今年の節分に恵方巻は食べませんでした。

 

何も恵方巻に文句があるわけではありません。

 

由来はいくつかあってハッキリしませんがまあ興味深い文化だとは思うし何度か食べたこともあります。

 

でもあまりのボッタくりに閉口し、しかもどんな混ぜ物(植物油脂とか)が入っているかわからないからと自宅で作ったこともあったけど割と面倒・・・。

 

そして子供がのどに詰まらせそうになったりもして「別に豆まけばいいんじゃない?」って結論に至ってしまいました。

 

ということで今年も豆はまきましたよ!

 

たぶん私、豆まきは死ぬまで続けるんじゃないかな。

 

去年の節分時にも書いたのですが、元来豆嫌いな子供がこの炒ったおまめさんだけは美味しいと食べるのです。

節分ありがとう!炒り大豆が子供のオヤツの仲間入り!

 

今年も「どうしよう、とまらない」と言いながら食べておりました。

 

私は日本の文化、そして各地域の文化、すたれてしまった日本本来の(良い)風習やお祭りなんかが永久に残ってほしいと思っている一人なんですが、それがあまりにもお金に直結したことになると・・・ねぇ。

 

どうもあのゴリ押し的な戦略に当の消費者はほとほと疲れてしまっているのではないかってことです。

 

バレンタインもね。

 

日本の文化じゃないバレンタインやクリスマス、それでも日本に入ってきて独自の文化にリメイクされたそれら日本式のイベントが嫌いではないんです。

 

そんな中わきあがる義理チョコに対する批判。

 

男性諸君は嬉しいのかまたは「チョコレートハラスメント」なのかは個人によって違うでしょうが、これも機械的におくっていればただ単にメーカーや販売店の養分になるだけってことです。

 

日本は贈り物をする、そしてお返しをする文化がありますからね。

(これと各イベントがうまくマッチしてしまう皮肉さ)

 

実は今年のバレンタイン一週間前にもあるデパ地下を歩く機会がありまして・・・。

 

なぜか笑っちゃいました。

 

普段は絶対手を出さないような超・高級チョコレートがこれでもかって売られているわけですが。

 

高級バレンタインチョコレートと花

 

多くの女性と売り手のギラギラしたやりとりを客観的に見ていると面白いですね。

 

別にバカにしているのではないのです。

私もまさにその中にいた(いる)一人ですから。

 

でもやっぱり大事なのっていつの時代もどんなイベントも「気持ち」なんですよね。

 

たとえ目にみえる物質がそこにあったとしても「心」がないと空っぽですし、恵方巻もバレンタインも体にいいかさえわからない食べ物の押し付けになります。

 

そこに儲けとして目を付けられているのがありありと見えてしまうと、ただむなしくて疲れてくる。

 

そう、みんなもう疲れているのです。

 

からくりが分かっていてもなかなか抜けられないから。

 

「面倒くさっ」て内心毒を吐きながらチョコを渡してチョコを受け取る、そしてホワイトデーへとなだれ込む。

 

なんか2月3月ってイベント盛りだくさんですしね。

 

節分、バレンタイン、ひな祭り、ホワイトデー・・・。

 

本当はどれも楽しいことなのになんか無理が重なってくる。

 

義理とか義務とか見栄とかお付き合いとか世間体とか、そんなものをとっぱらえたらどんなに楽だろう。

 

ただ「心のこもった」お祝いをすればいいだけだ。

 

せっかく良い文化、風習があるのだからあまり踊らされて本来の良さが影に隠れるのは残念だなあと思います。

 

まあ最後は「個人の自由」ではありますが。

(「やりたきゃやれ!」で終わりか・・・)

 

どうしてもメディアやなんやらに誘導されてしまうんですよね。

 

自分でも知らない間に。